( ・ω・) ねぶろぐ

管理人ねぶおが、書評・料理・風物などについて気ままに語る。

黒死館殺人事件

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( ・ω・) 書評第一弾はやっぱりこれ。

 

いわゆる「三大奇書」の一角であり、日本探偵小説史に残るスーパークレイジーモンスター、黒死館殺人事件である。(初回から取り上げる内容じゃない気もするが…)

 

博覧強記にして超絶学識を誇る主人公、法水麟太郎(のりみずりんたろう)が、降矢木家――通称「黒死館」――で起きた奇怪極まる殺人事件に挑む。

 

 

ある意味一番の難敵は主人公

ところが、まず最初にはっきり言っておくと、一番事件をややこしくしているのは他ならぬこの男、法水自身なのである。(オイ)

法水は古今東西あらゆる分野について信じがたいほどの知識を有しているのだが、その知識故に目に留まるもの片っ端から事件のトリックと結び付けて考え、シンプルに考えれば済む謎を勝手にどんどん膨らませていくという悪癖を持っているのだ。とっても迷惑…

 

そのため友人であり仕事仲間である支倉検事や熊城捜査局長も、法水に助力を要請する一方で、その推理劇には称賛3割、呆れ7割(いや、ひょっとしたら2対8くらいかもしれない…)ほどの態度で接している。

おまけに鎌をかけて情報を得るため、即興で突拍子もないトリック(一応筋は通らないこともない)を指摘して無実の人物を動揺させ、後から「ハハ、どうして彼が犯人なもんか」と笑い飛ばすことなど朝飯前である。やられる方はたまったもんじゃない。

 

こんな調子だから、支倉検事を始めとする他の面々に痛烈に皮肉られたり、あるいは非難されたりするのも日常茶飯事である。それでもめげずに――懲りずに、とも言うが――妄想的推理を展開し続けるメンタルの強さ、そして重要なところではちゃんと真実に迫って一同を驚嘆させる推理力、それが法水の持ち味でもあるのだ。

 

 

活字嫌いなら発狂もの? 難解な語の集中砲火

この作品の最大の魅力にして、同時に読む者を選ぶ最大の壁が、ルビを多用した衒学的用語の数々である。ちょっとパラパラめくった程度でも、パッと見ただけでは全く意味不明とも言える単語が大量に目に飛び込んでくる。黒魔術にまつわるものから、建築、医学、犯罪心理学に及ぶものまで種々雑多。魔法博士デイ、ジッターの宇宙構造論、イエンドラシック反射、鐘鳴器(カリルロン)の倍音演奏… とにかく全編通して、こんな単語が機関砲のごとく弾幕を張っているのだ。

 

ここに法水お得意の超理論が加わると、いよいよ何を言ってるのか分からなくなる。以下にほんの一部の会話を抜粋する。

 

「(中略)つまり、その驚くべき撞着たるやが、毒殺者の誇りなんだ。まさに彼等にとれば、ロンバルジア巫女(ストリゲス)の出現以来、永生不滅の崇拝物(トーテム)なのさ」

 

「そうなんだ。事に依ると、自分がナポレオンになるような幻視(アウロラ)を見ているかも知れないが、先刻から僕は、一つの心像的標本を持っているのだ。君はこの事件に、ジーグフリードと頸椎――の関係があるとは思わないかね」

 

……どうだろうかこの、誰もが「お前は何を言っているんだ」と突っ込みたくなるような謎の論理展開。実際作中でもみんなそんな反応をしているし、上に紹介したものはほんの氷山の一角と言っていい。

 

しかし実に驚くべきは、膨大な知識を元にこのような着想に至れる法水、そしてそれを描く作者小栗虫太郎の底知れぬ教養である。作中に飛び交う知識や史実の中には不正確なもの、或いは捏造と思しきものもあったりはするが、それを差し引いても常軌を逸した情報量であり、知識の入手手段が実質書籍くらいしかない時代においてこれだけの内容を書き切るのだから、もはや驚愕と感嘆の言葉しか出てこない。

実際、作者自身もこの作品を書いた当時のことを「あの時自分には悪魔が憑いていた」と振り返っていたらしいが、さもありなんという話である。

 

 

内容は上級者向け、しかし面白い!

そんなこんなで、読書嫌いの人ならページを開いた途端に蕁麻疹が出るか卒倒するか、といった調子の本書ではあるが、そこについてはあまり心配は要らないだろう。この作品を手に取っている時点でその人はある程度以上の本好き、あるいは好事家と見做していいからだ。(前者はともかく後者はどうなんだ…)

 

中世様式の豪壮な、しかし陰鬱な邸の中で繰り広げられる殺人事件と、魔術も科学も心霊学も何もかも入り乱れた衒学と超推理の奔流! その空気感に少しでも惹かれたなら、是非とも読むべき一冊である。そこにはきっと、巷に溢れているどの本も味わわせてはくれない、怪奇極まる幻惑的な読書体験が待っているはずだ。